2013年8月15日木曜日

Vol.13 東京生まれ東京育ちが地方出身者から授かる恩恵と浴びる毒 ~前篇~


お盆です。奴らのお盆です。

東京に人が少ない季節です。

東京に人が少ないうちに、石を投げられそうなことを書いておきたい。



さて、私は東京生まれ東京育ちです。

父方は四代前まで東京です。四代前は江戸です。

「本郷も かねやすまでは 江戸のうち」と川柳にも詠まれた

本郷で幼少期を過ごしましたので、私もぎりぎり江戸っ子です。

そのあとは小石川で育ちました。文京区万歳!



親を選べないように、生まれる場所も選べない。

私も、私の子供時代の友達も、みな気がついたら東京に生まれておりました。

私は両親も東京出身なので、盆には帰省する場所がありません。

子供時代はこれがまったく理解できなかった。

なぜうちの家族は夏や正月に決められた行くべき場所がないのか。

お盆になると友人たちはおじいちゃんやおばあちゃんの家に行って

海に入ったり山に登ったり、それはそれは楽しそうでした。

一方、うちのおじいちゃんは隣の駅に住んでいましたので、

なんのスペシャル感もありません。

だから夏は近所のプールにいくか、豊島園のプールで芋洗いになるか、

母方の姉が嫁いだ山梨にお邪魔したりするしかありませんでした。



東京生まれ東京育ち、悪そうな人とは縁のない人生を送ってきました。

幼稚園時代は窓を開けると後楽園球場から聞こえてくる巨人の試合の歓声。

小学校では「8時だよ全員集合!」の観覧に当たった子が羨望の的。

中学時代には近所で行われているドラマの撮影を横目に登校し、

休日は原宿に遊びに行きました。

高校に入れば雑誌に載っているかっこいい男の子が、

友達の友達ぐらいだったりする。

18ぐらいまでは、雑誌やテレビに載っている流行りのあれこれは

自分のまわりで起こっている流行りのあれこれと同じでした。

このときは自分が巨大なテーマパークに産み落とされ

遊ばされていただけだったことなど、知る由もなかったのです。



改めて言うまでもなく、いまの東京は東京の外から来た人が作った街です。

それに気づいたのは大学生になったあたりでしょうか。

入学当初はもっさい少女だった子が、夏休みを境にどんどん垢ぬけていく。

私たち東京生まれは生まれたときから東京にふわふわ浮いているだけですから、

東京に対する憧憬や焦りのパワーがまったく溜まっていません。

一方地方出身者は、願望のあれこれを叶えられない地元にいるときから

雑誌やテレビを見て「いつか私も東京に!」と多少なりとも思っていたわけで、

それはまるで炎天下に鎖で繋がれていた犬が、

ついに鎖をひきちぎって水の入ったボウルに頭から突っ込むような

溜めこんだゆえの強力なパワーがあるわけです。

というか私にはそういう風に見えていた。

モサモサした少女は最初は母親ゆずりのアクセサリーなどで派手に着飾り、

逆に東京の人ではないことを明白にするような格好をするものの、

何度もトライアル&エラーを繰り返していくうちに、

シュッとした流行最先端の女に姿を変えます。

そうなると、東京で生まれ育った18年のアドバンテージなど屁のようなもので、

あっという間にTOKYO TRENDは地方出身者に乗っ取られ、

彼女たちは地方在住者が憧れる東京のスタンダードになります。

東京人ではない人が東京を作り、その光はガーっと地方まで照らし、

誘蛾灯のように地方からまた人を集めてくる。

東京人不在の東京狂想曲の始まりです。



社会人になると、東京人の疎外感はより強くなります。

なにかやってやるぜ! という外から来た人たちがどんどん東京を変えていく。

私たち東京人の想い出の景色が、

地方出身者が地元で夢見て描いた東京イメージにどんどん上書きされていく。

遠くからたくさん人がやってきて、ビルを建てたり壊したり、

流行りをどんどん塗り替えられ、常識がどんどんかわり、

子供のころと変わらぬ景色なんて下手したらひとつもない。

東京の人間は東京ではマイノリティですから、

なにもできずにそれをボーっとみているだけです。

身近に東京があったからこそ、既存の流行を奪取し塗り替え牽引するような

パワーは持ち合わせていないのがもっさい東京人のかなしみです。



東京はまるでプロレスのリングのようです。

たまたまリングの上に生まれ育った東京人が茶の間でボーっとお茶を飲んでいると、

突然ドスーン!とすごい音がして床が揺れる。なにかと思って振り返れば、

恥ずかしくなるような派手なマスクをかぶった人がリングに上がってきて、

大技を極めたり派手なポーズを決めたりしている。

それに対してリングの外からウォーーーー! と歓声があがり、

似たような人がどんどんリングにあがってきて新たな大技を決める。

私たちは茶の間で寛ぎたいのに、大技の振動で一向に落ち着けません。

しかもリングの上で敗れた人は、

「東京は冷たい街…」と恨みごとを吐いてリングを立ち去っていく。

こちらとしては、勝手に上がり込んで来た人に茶の間をディスられ大変気分が悪い。

「あなたに冷たくしたのは、たぶん東京生まれ東京育ちの人じゃないよ!」と

恨みごとのひとつでもぶつけてやりたくなります。



次から次へと上がってくるレスラーはうざったいものですが、

趣を凝らせたマスクにはハッとするほど素敵なものもあり、

なによりリングの上で戦うのは楽しそうです。

実のところそれはちょっと羨ましくもあるのですが、

私たちにとってここはリングではなく茶の間であり、

親や昔からの友達に見られたら恥ずかしいので、

派手なマスクをかぶったり大仰な技をキメたりもできない。

生まれたときから今日まで、人間関係も地続きだから。

私のようなもっさい東京人ができることは、

かぶりつきで伝説の試合を見ることだけで、

その場に立ち会っていたことを

のちのち人に羨ましがられるのがせいぜいです。



地方出身の友達が「東京はみんなのもの」と言ったことがあります。

これには大変驚きました。

「いろいろしがらみあるけど、やっぱり落ち着ける地元」を残したまま、

東京でやりたい放題やりやがって。

私たちには処女地がないというのに、なんだそれは。

東京在住の地方出身者は自分の地元を思い浮かべていただきたい。

遠くから大量にとめどなく人が押し寄せてきて景色を変え、常識を変え、

「だって、ここはみんなのものでしょ」と言われたらどんな気分になるか…。

東京だったら勝鬨橋の向こう側まで開発されたときのあの喪失感! 

もうここまで奴らのバビロンに…と膝から崩れ落ちました。

東京に生まれ育つということは、相当の既得権益に恵まれるか

自覚的に強者にならないかぎり、レイプされ続けるということでもあります。




あ、不穏なところですが長くなったので続きはあとでポストしまーす。


 <追記> 後篇はこちら 

20 件のコメント:

  1. 神戸・宝塚 うまれそだちなもので、東京なんか全然憧れない、何?あの地味な靴ー!?信じられない。だった私が転勤で東京住みだしたショックは大きかった。混雑しすぎな電車、道路、汚い空気、高いだけの物価。だけど住みなれてくると、綺麗なものもみえてきた。銀座・歌舞伎座・満喫し、上野の旧岩崎邸でくつろいだり、ほおずき市や、朝顔市に、浅草の火消しさんたちのいなせな夏半被姿にみとれたり。Jane Suさんは試しにどこか別の地で数年暮されることは難しいですか??視野が広がると、心地のいい範囲が増えるかも、「みんなのもの」というひとたちが、単に味わっただけで、本当には自分のものになんかしていないことなどにきづかれるかも、です。

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  2. 昔の歌謡曲のなかに「東京砂漠」という文言がありましたよ。東京はバビロンかもしれませんが、そこに長年住まう人もいる、また漂泊して一時逗留する人がいる。23区に水田も残っているのではないでしょうか。複数の東京があってもいいじゃないかと思います。

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  3. 僕も東京育ちですが、自分が感じてきた気持ちと同じようなことをこうも清々しい文章で描かれてると爽快であり戦慄でもありました。東京出身者って以外にもものすごく傍観者ですよね。そしてどこか冷めていると思われているのか、「出身は?」「…東京です」「ああなるほど、やはりね。いあやめずらしいですね」みたいなこと言われるとこっちは冷めるどころかすーっと醒めてしまいます。なんでしょうかね、あの感じは。
    それにしても、僕は映像をやっていますが、久しぶりにペンの力に引き込まれました。すばらしい洞察ありがとうございます。面白かったです!

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  4. 僕の先祖は1635年に彦根から江戸に出てきて、以来わが一族は江戸暮らし。
    祖母も江戸生まれ東京育ち、母も東京(江戸の外の本郷)生まれ東京育ち、僕は東京で生まれ、小学校の半ばで福岡県に移り高校卒業まで福岡県に住み、大学入学以来、50歳ころまで東京に住み東京で働いた。以後は仕事場は都内だったが現在まで埼玉県人。


    お気持ちはよく分かります。東京の小学校にいたとき、夏休み明けの宿題で「田舎」という題を出されて困惑しました。しかし、地方から東京に出て来た人の気持ちも分かるんです。

    もっとも僕も所詮は彦根からの移住者の子孫です。江戸以前からいた人なんて、とうに途絶えてるんじゃないでしょうか。江戸の武家社会をつくったのは駿河以来の旗本御家人、それに大名屋敷の全国から侍たち、江戸の下町を作ったのも関西から移住してきた大商人たちや全国から出てき小商人や職人たち、江戸はそういった人たちの手で作られていき、さらに明治維新で薩長土肥の人たちが加わり、東京が栄えているのは、長い間の色々な時期の日本全土からの移住者によるのでしょう。現在のアメリカの縮図が東京だと思えばいいのではないでしょうか。

     僕も、子供のころの東京はすっかり失われてしまっていて寂しい限りだと痛感しています。ちゃんとした東京弁はめったにきかれなくなりました。下町言葉はまだまれに聞きますが、山の手言葉、それも山の手の成人男性の言葉は全く聞かれなくなりました。
     ぼくの子供のころにあった東京の風習も遊びも、すっかり影をひそめてしまいました。福岡県に住んでいたころ、東京に帰ってくると、東海道線の窓から日劇と朝日新聞が見えて、あーー 帰ってきたなと感じました。その姿も今はありません。また、東京近郊に近づくと、生垣に囲まれた住宅がそこここにあり、これも西の方にはあまりない風景だったのです。これも僕には嬉しかったのですけど、それも今はすっかり姿を消しました。

     でも東京は昔から、日本全国からのエネルギーを集めて、新しく変わっていったのでしょう。そしてこれからも変わっていくに違いないです。

     1635年以来の僕の一族は、僕の兄弟や従兄弟姉妹は、一人を除いて、いつのまにか都内から姿を消し、全員が埼玉千葉神奈川の3県に住んでいます。僕の長男はかつて、「お父さん、ちょっと東京に行ってくるから」といって僕を絶句させました。でも考えてみると、僕が都内の仕事場で多くの時間を過ごしている間、彼は埼玉県に生まれ埼玉県に育ったのです。可笑しいのは僕の方ですよね。

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  5. 10代以上この地で暮らす者です。

    頷きながら読んでしまいました。

    ありがとうございます。

    後半も楽しみにしています。

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  6. 私は東京の郊外生まれなので両親が地方出身者で、盆には田舎暮らしをちょいカジりしてました。なので原風景を思い浮かべると田舎の裏山と田んぼが目に浮かびます。が、それは借り物です。かたや東京の都心は色んな人が魅了されるからこそ自分も恩恵を受けれる場所です。もしかしたらリングから転がり落ちるリンゴを頬張っているだけかもしれません。
    都心出身者の話を聞けてとてもよかったです。しっかりリングの上に乗っていて、時に愉しむこともあれば横目でチラリと「ほれ、見たことか」と顔をそらす。東京のように洶々と息づく地形で生きる術は長年の智慧でのみ会得することができるのであって、にわか東京人は理路整然としているようでいつの間にか谷にいたりして。リングの上でなく谷底の集まりに東京を見ることも都心出身者にとって一興かもしれません。

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  7. あなたの文章力に脱帽です。尊敬します。
    自虐的のように書いてあります。が 実はやんわり、又は 遠回しに自己肯定してるの感じ取れます。

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  8. はじめまして
    全く同じ感想を持っています
    更に言えばなんで、東京に
    田舎の人が出てきたがるのがかわかりません
    のんびり暮らしていればいいのに。

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  9. はじめまして。一読して、うーんそうか、と思いました。すべてに頷けるわけではないですが、『なるほど、こう思うものなのか』という実感のこもった雰囲気を教えていただきました。その文章力に脱帽します。
    私は新潟で学生時代を過ごし、今は埼玉県に在住しているものです。東京に住んだことはないのですが、それでも都内にすぐ行ける場所に住んでいるため、東京に対する憧れは薄れていきました。新潟にいたころは、憧れがかなりありました。(笑)自分の中で理想化してしまうんですね。『東京に行けば私はもっと高尚な人間になれる!』みたいな。実際には、東京はめちゃくちゃ都会ってだけで、確かに便利だし、華やかなんだけど、満員電車とか、高い家賃とか、苦労も多いってことも知りました。地方にいる人って東京のいい部分だけを肥大化しちゃうんですよね、でも実際暮らしてみないと実感としては分からないし…。
    それにしても、『地元がない』という悩みが存在するとは田舎者にはわからない感覚です。『ネイティブ東京』の悩み、という言い方ができるのかもわかりませんね。私の感覚で言うと、東京ほどではないにしろ埼玉も同じような場所があって、『ネイティブ埼玉』の悩み、って多分あります。
    いい文章を読ませていただきました。

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  10. 先祖代々横浜生まれ横浜育ち。と云えるのは幸せ。
    神奈川生まれ神奈川育ちはダサい。
    と云う感じのボクです。

    東京は東京駅周辺で、小石川は小石川。
    自分の土地だと云うのであれば、地方出身者と戦って勝ち取るのが良いと思います。
    ただ、ジモティーだからこそ見えてないから侵略されるので、見えてる人を巻き込むのが良いと思います。
    尊敬される何かを身に付けないと、ストレスがたまって心にも良くないです。

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  11.  大阪生まれの大阪人でーす。東京で10年ほど居らせていただきましたが、現在は僻地に移住して山や雲とともに生きていることになっております、知らんけど。
     大阪人というのは東京人以上に屈折したものでございましてして、「東京人であり同時に地方人であり、さらに京都人であり、そのうえ途上国のアジア人でもある」という、なかなか複雑怪奇なシロモノと相成っております。
     そういう我々から致しますと、東京人さんというのはなかなか、どうでもエエことでモヤモヤしてはるんやなと、改めて感心致しますなぁ。

     大阪民国は 破壊と創造、クルクルパーと合理性、やさしさと暴力のカオスであります。 

     ゆえに、東京人が「うわぁぁぁん!地方人がぁぁぁ!」と、サザエさん・小津安二郎の茶の間世界の破壊喪失を嘆くのを見て、我が民国人は
    「アホや、嫌やったらしね(笑)!このワケワカラのが、レイプされてるんかしてるんかどっちかわからんのがキモチええんやないか。」
     と、習い性のツッコミをしてしまうのでありました。

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  12. めっちゃ笑いました。
    わたしもまったく同じ感想です(とはいえ母方は浅草、父方は新宿で自分の場合は品川生まれ目黒育ちといったかんじですが、、、)。

    >勝手に上がり込んで来た人に茶の間をディスられ大変気分が悪い。

    これ、ほんとにしょっちゅう思います。
    歌とかでもありますもんね、東京の人は怖いとか、東京は住むとこじゃないとか。
    いちばん腹立つのは地方出身者の友達の「東京のめしはまずい」とかいうセリフ。
    こういうこと言うのって大抵西日本出身の子ですが(食文化違うから当然なのに)、
    それなら東京なんか出てこないで大阪京都あたりで進学就職しろよって思いますね。
    その土地の文化を好きになるとか受け入れられるようになってから来ればいいのに。

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  13. ものすごく共感しました。言いたいことを代弁してくださってありがとうございます。
    そうなんですよ、「都会は冷たい」だとか「人が多すぎる」だとか、言うんですよね。。
    私は横浜出身なんですが、下の記事を書いたら、こちらの記事をご紹介頂きました。とてもとても嬉しいです。ありがとうございました。
    https://storys.jp/story/6708

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  14. その土地の文化が好きになってから原子力発電を作ればいいのに。
    嫌なら自分の土地に作ればいいのに。

    by東北人

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  15. 自分は横浜生まれで、地方の人の気持ちも分かりますが、地方から勝手に来てるっていうか、若い人は不便で退屈な生活よりは、都会の生活に憧れるのも自然だし、東京は全国から人を呼び集めてる場所なんです。
    観光地でもあるし、学校にせよ、特に商業地としては日本の中心であり、場合によっては世界をターゲットにしています。
    東京ドームのイベントにしたって全国規模で人を呼んでるし、私も本社に呼ばれて渋々東京に10年住みました。
    でも地方出身者が憧れる東京は、小石川を特に意識してないんで、都会としての東京を悪く言う人も、そこに小石川辺りを含めていないはずです。
    うちの会社も文京区なんで、良い雰囲気なのは分かりますが、東京ドームとか大きな学校とか建てれるぐらいですから、一般的イメージとしては、東京は東京でも地味です。
    そこそこ賑やかな池袋にしたって、駅1つ離れれば普通の町だし、同じ東京生まれの人でも地域や育ちによって気質や価値観みたいなのは違うようです。
    育ちの良さゆえの視野かもしれませんが、あなたが思う以上に、東京を作ってる人には、東京で生まれ育った人も多いですよ。
    育ちによってはガツガツしてるし、身の周りの企画にせよ、ビルや街作りの肉体労働にしたって、飲食業にしたって東京生まれの人も大勢やってます。
    東京も横浜も大空襲で人の多い地域は何もない焼け野原になりましたが、東京には地元の人のみならず、地方から来た人たちの協力があったので、完全に復興できました。
    横浜にはそれがなかったので、今も焼け跡の残る場所さえあり、一県規模の中途半端な小都会なのです。
    そういう歴史も含めて、東京を考えてみては。

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  16. わかる。
    東京の多摩出身ではあるけど。
    逆に多摩だと、意外と田舎といって馬鹿にされる。彼らが勝手に創造した東京のイメージはどうやら新宿がずっと続いているらしい。。

    高校までは周りがみんな東京の人だった。当たり前だけど。でも、大学に入ってそれが崩れた。なんていうか、やっぱりそういう子たちはオシャレで、自分はオシャレなんかに興味がなくて、ずっとずっと彼ら彼女たちの方がイマドキ、だった。

    彼らの貪欲さというか勝ちにいく姿勢は見習いたいけど。

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  17. 本当に思ってても言えないことです。地方から来ている人たちは、地方出身者が地方から来る場所としての東京、としてしか東京を見ていません。そしてわがもの顏で行動します。
    別にそれはかまわないのですが、東京ローカルの気持ちや言い分にもちょっとだけ思いをはせてもらえればいいけど、なかなかこちらから言い出すと角が立ちますからね…
    大学に入っても、まだまだ地方から来ている、ということにはっきりとわかっておらず、なぜこのように感覚や行動に違和感を感じ、ひけめを感じてしまうのか苦しむこともありました。今思えば、違う文化を感じさせてた人たちは上京者だったんですね。

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  18. 拍手!!よくぞ言ってくださいました!!感謝です!!私の好きだった
    あの頃の東京はもうノスタルジーと化してます。日常の些細なことで幸せを感じて平和に暮らしてたあの東京はいつの間にやら、地方からきた人々によって汚染され、血の通わない廃墟になってしまった。隣のおばちゃんに調味料を、借りに行ったりお菓子を、おすそ分けしたり、街で挨拶したり、日曜日はデパートでおしゃれして買い物したり。あのキラキラした東京はいまやどこにも存在しない。マスクで顔を覆った自分以外の人間を拒否し危害を与えてもなんとも思わない人々が行き交う街。恨み辛みや妬みで充満したエネルギーで汚染されても、物言えず、結局東京人はせめて神奈川に避難するか、地方や海外に移住を選択する。殺伐とした東京が嫌いと斜めに構えて大阪はー地元はーと東京人を非難する人々がたまにいますが謎です。ご自分で平和な街を汚染して、ご自分で妬み恨み辛みのエネルギーをばらまいて、東京を汚染してその中に身を置いてる。。不思議でたまりません。

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  19. 何気ない日常の生活の中で幸せを、感じて過ごしたあの東京はいまや幸せどころかバタバタ急いで人間の本来の姿からかけ離れた東京に住む私という地方人たちのエネルギーに破壊され今やどこにも存在しない。

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  20. 東京出身者って気負ってないんです。最初から東京人だから。東京に憧れて野宮真貴になりたいと思ってる地方の方々。誤解のないように。野宮真貴は北海道から出てきて、東京に憧れて東京人というスタイルを生きてる典型的な地方人なのです。

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